さまざまなサイトで紹介されている固定残業代(みなし残業)は、事業主にとってのメリットが大きい反面、多くのリスクを伴う残業代の支払い方です。
この方法の良い側面だけに目を通すと、多くの事業主の方々が「ウチの会社でもなるべく早く導入したい!」と感じる実態があります。
しかし適正な残業代の計算方法を知らない人達が固定残業代の導入を行うと、労働基準法違反により、会社にとって悪循環とも言える状況が生まれる可能性が高まるのです。
今回は、ブラック企業を代表するキーワードとしても話題になっている固定残業代やみなし残業について、基本的な仕組みや問題を事業主の皆さんと一緒に細かくチェックしていきます。
みなし残業とは何ですか?
みなし残業の問題点を深く掘り下げるためには、まずこの言葉の意味について少し解説しておく必要があります。
ネット上のコンテンツやSNSに登場することの多いみなし残業は、労働基準法で定める制度ではありません。
しかしこうしたキーワードを使う人の多くは、自社(もしくは他社)の就業規則の中で定められたルールといった意味合いで、みなし残業に制度という言葉を付ける実態があるようです。
《みなし残業=固定残業代》
みなし残業というのは、月々決まった残業代を月給の中に盛り込んでしまう契約方法です。
例えば、雇用契約書の中に「月30日間の残業を含む」と記載してあった場合、30時間の残業を行ったというみなした残業代込みの月給が支払われることとなるのです。
こうした形で月々固定の残業代を支払うみなし残業は、別名・固定の残業代と呼ばれることもあります。
《みなし残業=みなし労働時間制と捉えられることもある》
みなし残業について掘り下げる際に、ひとつ注意すべきことがあります。
それは、類似の呼称となるみなし労働時間制とみなし残業が全く異なる制度だという点です。
労働基準法でも認められているみなし労働時間制は、毎日のように得意先まわりをしている営業職や、タイムカードのない現場で働く従業員に対して、労使双方で定めた一定期間を働いたものとみなす制度のことです。
こうした形でオフィス以外の従業員に配慮する形となるみなし労働時間制は、多くのブラック企業が導入しているみなし残業とは似て非なる存在となります。
《みなし残業(固定残業代)の8割が違法という実態》
固定残業代を支払うみなし残業を導入する会社は、その8割が違法という大変残念な実態があります。
こうした実情を問題視したハローワークでは、求人票に固定残業代と思われる内容を記載する会社に対して指導に乗り出したというニュースもあるため、導入時には注意が必要です。
ここからは、多くの事業主がみなし残業の導入を考える具体的な理由や、違法な固定残業代の特徴について、更に詳しく掘り下げていきます。
みなし残業はどのような目的(メリット)で導入されるもの?
みなし残業が導入されるメリットを確認すると、この仕組みを利用する会社の多くがブラック企業である理由も理解しやすくなります。
《残業代の削減目的》
みなし残業(固定残業代)を検討する事業主たちは、その大半が残業代などの人件費を削減したいという想いを抱えています。
例えば、これまで20時間・30,000円の月平均で支払っていた残業代を、1ヶ月25,000円という固定残業代に変えれば、月5,000円・年60,000円もの人件費の削減ができる形となるのです。
また悪質な事業主の多くは、月給と残業代として支払っている金額の境界を敢えて曖昧にすることで、従業員に具体的な内訳を教えない実態もあると言われています。
こうした形で固定残業代の導入によって賃金支払いのさまざまな部分が曖昧になると、事業主側での勝手な調整も行いやすくなる実態があるようです。
《求人票への応募を増やすため》
固定残業代(みなし残業)は、良い人材を多く集めたいと考える悪質な企業でも導入されることが多いです。
例えば、今まで170,000円と記載していた求人票の月給を残業代込みの金額にすれば、求職者に対して給料が良いようなイメージを抱かせられます。
しかし前述のとおり、こうした見せかけとも言える悪質な求人票を問題視するハローワーク側では、悪質な企業に指導を始めている実態もあるようです。
《賃金計算を簡単にするため》
事業主自身が賃金計算を行うような小さな会社でも、担当者の負担を減らすために固定残業代(みなし残業)が導入されています。
例えば、全従業員の残業代を一律30,000円にしてしまえば、実際に働いた時間で計算するよりも、賃金計算がシンプルになると考える事業主が大変多い実態があるようです。
しかし事務作業の負担軽減を目的とした固定残業代の場合、少し多めの残業代を月給に盛り込むことにより、事業主としては得をしないケースも見受けられます。
《残業の少ない従業員にとってはメリットになることもある》
ブラック企業によって導入されるケースの多い固定残業代も、場合によっては従業員にとって得になることもあるようです。
例えば、残業代も大事な生活費と考えている人にとって、固定残業代の場合は、月々の収支について計画しやすい傾向があります。
また1月は3時間、2月は20時間、3月は15時間といった形で、繁忙期の有無によって残業代が変わってしまう場合についても、平均的な金額でもらえる固定残業代のシステムの方が良いと感じる従業員もいると言われています。
しかし事業主が人件費の削減目的でみなし残業を導入している場合、支払い総額で考えた時に従業員側が損をするケースがほとんどとなるようです。
違法な固定残業代(みなし残業)の特徴1 明確な残業代が書かれていない
みなし残業の具体的な時間数や金額がわからず、総額で月給が支払われている場合、違法な固定残業代である可能性が高いと考えられています。
きちんと計算をしてみなし残業代を決めている事業主からすれば、実際のところはきちんと従業員に提示できる内訳が用意されているという主張もあるかもしれません。
しかしその内容を従業員に伝えなければ、「これはサービス残業なのでは?」といった疑念を抱かれやすくなりますので、注意が必要です。
また時間数や金額が不明確なみなし残業は、裁判などで訴えられた時に無効になることもあるようです。
違法な固定残業代(みなし残業)の特徴2 一定期間経ってからの支払い
悪質な企業の中には、「月に80時間を超えた時のみ、固定残業代の支払いを行う」といった労働基準法とは関係のない独自ルールを設けているところもあります。
こうした規則を設ける会社では、みなし残業代を支払ってもらうために従業員が無理をして月80時間の残業をする実態があるようです。
また80時間を下回れば残業代が支払われないという状況は、少しでも早く帰りたいと考える従業員に対して残業を強いていると捉えられる可能性もあります。
違法な固定残業代(みなし残業)の特徴3 超過分の未払い
違法なみなし残業を導入する会社に多いのが、労使間で決めた時間をオーバーした残業分を支払わないというケースです。
例えば、月40時間分を固定残業代とすると雇用契約書で決めていても、その月の従業員が50時間の残業を行えば、必ず超過した10時間分の割増賃金を別途支払う必要があるのです。
またその従業員が休日深夜に残業をした場合も、労働基準法で定められた計算方法で算出した金額を別途支払わなければなりません。
違法な固定残業代(みなし残業)の特徴4 最低賃金を下回っている
みなし残業の違法性といった部分では、その根拠となる金額も大事な要素となります。
例えば、月40時間を固定残業代として支給していても、その計算に使用する金額が最低賃金を下回っていれば、当然それは問題です。
例えば、厚生労働省で発表した最低賃金が780円の時には、時間外労働となる残業代は1.25を乗算した975円以上である必要がでてきます。
この金額を下回った場合は、どんなに就業規則の中にそのルールを詳しく規定していても、違法とみなされる可能性があるため、注意をしてください。
違法な固定残業代(みなし残業)の特徴5 その仕組みや制度を理解していない
ここまで紹介した違法性の高いみなし残業に共通するのは、労働基準法を知らない事業主の勝手な判断でこの制度が導入されているということです。
弁護士や社会保険労務士といった法律の専門家ではない一般の事業主にとって、労働基準法で定める残業代計算方法の全てを頭に入れておくことは、大変難しいかもしれません。
しかしこうした違法性の高い制度を自社導入すると、退職者や訴訟といった会社にとって大きな問題が多発する可能性が高まるため、注意が必要です。
また社内トラブルの増加は地元での評判を落とす悪循環を招く原因にもなり得ますので、みなし残業制度の導入を検討しているなら、信頼できる弁護士などのサポートを受けながら、「何をすると違法になるのか?」をしっかり把握しておく必要があると言えるでしょう。
残業代の削減は他の方法でもできる
残業代や人件費の削減は、今回紹介したみなし残業制度を使わなくても、他の方法で実行できると考えられています。
特に社内プロジェクトの中に残業をせざるを得ない原因が存在する場合は、その部分を解消するだけで、多くの従業員が早く帰宅できる好循環が生まれると言えるでしょう。
また割に合わない残業を多く強いれば、それだけ従業員の負担が大きくなり集中力低下によるトラブルやミスなども多発すると言えそうです。
こうした悪循環にブレーキをかけるためには、固定残業代によって従業員に更に働きにくい環境を強いるよりも、少しでも楽に働ける職場を目指した方が効率的だと言えるでしょう。