企業の中に生じる労使間トラブルを防ぐためには、労働者を雇い入れている事業主やその上司となる人たちが、パワハラに関する正しい知識を持っておく必要があります。
またパワハラに関する従業員教育がしっかり行われている会社では、セクハラや職場いじめなどのトラブルも起こりにくい傾向がありますので、全スタッフが快適に仕事に集中できる環境をつくる上でも「どんなことをするとパワハラになるのか?」を把握する必要性は高いと言えそうです。
今回は、読者の皆さんと一緒にパワハラにおけるさまざまな定義やケースを詳しく確認していきます。
パワハラの定義とは?
パワハラとは、職場のパワー(権力)を利用した嫌がらせの総称です。
現代社会においてさまざまなシーンで使われるこの言葉は、東京のコンサルティング会社が作った和製英語となります。
当時セクシャルハラスメント以外にも職場には多くのハラスメントが存在すると考えたこの会社では、一般労働者からの相談や調査研究を経てパワハラという言葉を定義づけたようです。
《厚生労働省・あかるい職場応援団によるパワハラの定義》
パワハラ予防のために立ち上げられた厚生労働省のサイト「あかるい職場応援団」では、職場のパワーハラスメントに対して次のような定義をしています。
「同じ職場で働く人に対して職務上の人間関係や地位といった職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を遥かに超えて、身体的・精神的苦痛を与えるもしくは職場環境を悪化させる行為」
こうした形で厚生労働省の考えるパワハラの定義を見ていくと、この概念は被害者である個人だけでなく職場全体に及ぶものと捉えて良さそうです。
《職場内の優位性とは?》
パワーハラスメントという概念について考える時、上司から部下といった職務上の地位だけでなく、専門知識や経験、人間関係といったさまざまな優位性が関係することも頭に入れておく必要があります。
例えば、専門性の高さや能力などによっては、後輩から先輩、同じ地位の同僚間でもパワハラは起こり得る存在となるのです。
またプロジェクトをまとめる上司に経験や専門性が少なければ、部下から上司に対するパワーハラスメントが生まれる場合もありますので、この問題を考える上では一般的な地位だけでなく職場内での優位性も重要だと捉えた方が良さそうです。
《業務における適正な範囲》
上司や事業主の指示や注意に対してどんなに不満を抱く場合であっても、その状況が業務上の適正な範囲内で生まれている場合は、パワハラにはあたりません。
特に上司は、自らの職能や職位に応じた形で権限を発揮し、業務上の教育指導や指揮監督を行う役割が求められる存在となりますので、不平不満を抱えたパワハラの訴えによって適正な指導が妨げられてしまうことも問題だと捉えるようにしてください。
またこうした状況により上司の職務が遂行できないトラブルを回避するためには、各職場で業務の適正な範囲を明確にしておく取り組みも必要だと言えそうです。
《労働ジャーナリストによるパワハラの定義》
労働ジャーナリスト金子雅臣氏は、2009年に発刊された自身の書籍の中で下記のような形でパワーハラスメントについて定義付けています。
「職場内において、人間関係や地位の弱い立場の相手に対して、繰り返し身体的または精神的苦痛を与えることによって、結果として働く人達の権利侵害や職場環境を悪化させる行為」
また判断基準としては、「執拗に繰り返されるか?否か?」が基本となるが、一回限りのハラスメントであっても相手に与える衝撃によっては、パワハラとみなされると書かれているようです。
《東京都におけるパワハラの定義》
東京都では1995年より、「結果として労働者の働く権利を侵害する」という条件を加えた定義によって、労働相談を受け付けています。
こうした形で各県や自治体でも独自のパワハラ定義が設けられている今の時代は、多少のことでも従業員からの訴えや相談が生まれやすいといった意味でも、事業主は指導や教育の適正な範囲の設定などについて注意をする必要があると言えるでしょう。
パワハラの種類・6類型(厚生労働省)
厚生労働省の「あかるい職場応援団」の中では、「あなたの周りにこんなパワハラありませんか?」という問いとあわせてパワハラの6類型を下記のように紹介しています。
《身体的な攻撃》
職務上の範囲や当事者間にどんな事情があったとしても、殴る、叩く、蹴るといった暴行は明らかなパワハラになります。
また暴行を受けた側が病院に行き、その結果として「全治◯日のケガ」といった診断を受けた場合は、加害者に対して損害賠償請求などができる形となってしまうため、注意が必要です。
この他には、資料やゴミなどを投げつけるといったことも、場合によっては身体的な攻撃になることもあるため、備品の乱暴な扱いの延長上にもパワハラの要因があると捉えた方が良さそうです。
《精神的な攻撃》
身体的な暴力が全くなくても、多くの同僚の前で叱責したり、必要以上の長時間に渡って叱り続けるなどの精神的な攻撃も立派なパワハラとなります。
またたった1人に伝えれば良い内容を、他のスタッフを含めた複数宛先のメールを使って罵倒などをすることも、場合によっては精神的な攻撃になると捉えた方が良いでしょう。
パワハラをする当事者の多くは「本人のため」といったことを言う傾向がありますが、その攻撃が原因で従業員が労働しにくい状況が生まれたり、鬱病やパニック障害などを発症した場合は、被害者や会社側に慰謝料請求が行われることもあるため、注意をしてください。
《人間関係から切り離す》
今まで和気藹々と仲間と一緒に楽しく仕事をしていた従業員を、たった1人だけ別室に移したり、理不尽な理由で自宅待機を命ずることも立派なパワハラとなります。
またこの他に、仕事の業績が悪いなどの理由で大事な仲間のために行われている送別会に出席させないなどの対処も、人間関係の切り離しといった意味ではパワーハラスメントに該当すると捉えて良いでしょう。
作業に使うマシンが特定の部屋にしかないなどの理由で席替えをするのは仕方がないことですが、そういった場合は当該従業員が社内の人間関係の中で孤立しない配慮をした方が良い場合もあると言えそうです。
《過大な要求》
まだ会社に入ったばかりの新人にベテラン従業員と同じノルマを押し付けたり、作業指示のできる上司が帰宅したのに、右も左も分からない部下だけに残業をさせるなどの過大な要求もパワハラにあたる行為です。
悪質な会社では、効率的な手順のわからない新入社員が長時間の残業をした場合に、「仕事ができない君が悪い」といったことを伝えて、割増賃金を払わないケースも多く見受けられます。
こうした場合は、パワハラとサービス残業という二重の問題で訴訟を起こされる可能性もでてきますので、新入社員や能力の低い従業員へのフォローと残業代の支払いは労働基準法どおりに行うべきだと言えるでしょう。
《過小な要求》
本人の職種や地位、能力を無視した過小な要求も、立派なパワハラ行為です。
例えば、運転手として採用された人に会社周辺の草むしりだけをさせたり、事務職として雇われた従業員に倉庫整理だけを行わせ続けた場合は、過小な要求となります。
また仕事が遅い、ミスをするなどの理由で何の作業も与えない状況が続けば、それもパワハラと判断される事例となってしまいますので、事業主は従業員と各部署の特徴をしっかり把握した上で適材適所に務めることも必要だと言えそうです。
《個の侵害》
例えば、同じ会社で働く上司から「どんな彼氏と付き合っているの?」と執拗に問われるのは、個の侵害というパワーハラスメントに該当します。
また従業員自身が何の相談もしていない段階で、「その旦那さんとは別れた方が良いよ?」といった無理強いや配偶者などの悪口を言う行為も、基本的にNGと捉えてください。
年配の上司の中には、新入社員を可愛がりすぎることによって、プライベートにもどんどん侵害する人も少なからず見受けられますので、注意が必要です。
岩手、大分、熊本、佐賀の「ハラスメント要綱」におけるパワハラの類型
パワーハラスメントに関する独自の指針や基準を設ける都道府県においては、要綱の中で下記のような具体的行為についても基本的にNGとしています。
《退職勧奨・脅し》
従業員がミスをした、仕事の業績がなかなか上がらないといったときに、就業規則に書かれた手順を踏まずに退職勧奨をするのもパワハラと捉えられる行為です。
あまりにも仕事や勤務態度に問題のある従業員に対して会社は、まず指導や教育をする必要があります。
こうしたスタッフに対して「ちゃんと仕事をしないと辞めさせるぞ?」といった脅しをしていると、そのやり取りがボイスレコーダーなどに録音されて訴訟時の証拠になることもあるため、注意が必要です。
《パワハラの訴えを無視する・聞き流す》
社内で職場いじめやパワハラが生じている訴えを上司や事業主が聞き流すことも、立派なパワーハラスメントとなります。
現場からの訴えによりパワハラの事実を知っているのに、何の対処もしない事業主は、訴訟などによる民事責任だけでなく場合によっては刑事責任が問われることもあると捉えてください。
またパワハラの訴えを聞き流す上司は、被害者側からすれば職場いじめに加担しているとも捉えられやすくなりますので、これ以上トラブルを大きくしないためにも、会社全体で部下や被害者の話に耳を傾ける姿勢を持つことも重要なことだと言えるでしょう。
パワハラは会社にとっても予防すべき存在
パワハラによる訴えや自殺者の出た会社は、大事なお客様を含めた社会の信用を確実に失います。
またパワハラの酷い会社には、新入社員の定着率が非常に低くなりやすい特徴もありますので、せっかく採用した人材を大事に育てるといったことを考えているなら、こうした暴力を行うメリットは会社にとってゼロに等しいと捉えた方が良いでしょう。
既に従業員から上がってきたパワハラの訴えや相談でお悩みのことがありましたら、労働基準法などに詳しい弁護士に相談をしてみてください。