社内の経営状況の悪化や人員整理といった理由で行われる退職勧奨(退職勧告)は、労使間トラブルにつながりやすい存在です。
こうした実態を知らずに適当な方法で退職勧告を行うと、その対応に不満を抱いた従業員から訴訟を起こされる可能性もでてきます。
また退職勧奨によって生じるトラブルは事業や顧客といったさまざまな分野に飛び火することもありますので、対象の従業員に納得してもらえる対応をすることが事業主にとって欠かせない心掛けになると言えるでしょう。
今回は、退職勧奨や退職勧告を行う会社が守るべき注意点と、当該従業員との話し方や進め方について基本的な話を徹底解説していきます。
退職勧奨・退職勧告とは?
会社側で退職して欲しいと感じる従業員に対して、その条件を提示し、退職を促すことを退職勧奨もしく退職勧告と呼びます。
事業主からのお願いとも言える形で行われる退職勧奨の場合、社員自身がその条件に納得した上で「わかりました」と返事をしない限り、退職が成立することはありません。
またこうした提案を求められた従業員からすると、「これは不当解雇なのでは?」と感じられるケースも非常に多い実態があるため、退職勧奨をする際には労働基準法などの法律違反にならない正しく安全な方法で手続きを進める必要があるのです。
《解雇と退職勧奨・退職勧告は同じ意味ですか?》
解雇というのは、就業規則の中に書かれている解雇基準に該当する場合に、会社側が通知をする手続きとなります。
労働基準法の中で定められた解雇をする場合、雇用主は30日前の解雇予告をする必要があります。
また何らかの事情によりそれよりも早い解雇となる時には、その日数分の解雇予告手当を支払わなくてはならない決まりです。
これに対して当ページのテーマとなる退職勧告や退職勧奨は、従業員自がに「退職するのか?否か?」の判断ができる形となります。
もしこれから実際に従業員に退職を促す上で「これは退職勧告か?解雇か?」といった部分がわからなくなった場合は、当該社員に意思があるかどうかで違いの判断をするようにしてください。
退職勧奨・退職勧告によって生じる会社側のトラブルとは?
正しい話し方や進め方を守らずに退職勧奨を行った場合、会社側にとって下記の問題が生じるリスクが高まります。
《訴訟に発展するケースがある》
就業規則に書かれた基準以外で退職勧奨が行われた場合、納得せずに会社を辞めた従業員が労働基準監督署への相談や訴訟を起こす可能性が高まります。
過去の判例を見てみると、あまりにも不当な理由で退職勧告を受けた従業員に対して、1,000万円を超える損害賠償金や慰謝料の支払いが命ぜられるケースも少なくない実態があるようです。
また人によっては、今まで働いていた職場への復帰を求めた訴訟を起こす方々も少なからず見受けられます。
《他の従業員に違和感が生じることもある》
仕事ができない、問題行動が多いといった具体的な理由のない従業員が明らかに退職勧奨であろうと思われる状況で会社を辞めた場合、普通に仕事をしている他のスタッフに不信感などが生じることもあります。
例えば、長きに渡って同じチームや部署で働いていたスタッフが退職勧告の対象となった場合、他の従業員にとって「自分も退職を促されるのではないか?」といった不安が生じやすくなることでしょう。
また退職勧告によって会社から突然いなくなる人が増えた場合は、「肩たたきをされる前に自ら辞めた方が良いかも?」という理由で有能な人材の中から離職者が増えるリスクも高まりそうです。
《社会的信用を失う場合もある》
退職勧奨を受けた従業員がSNSなどでその実態を拡散すれば、会社の社会的信用にも傷がつきやすくなります。
またネット上にこうした悪評が多い会社は、取引先との関係についても支障がでやすくなると言えそうです。
特に小さな田舎町や地方都市の場合、ひとつの会社の噂が一気に広がる傾向がありますので、注意が必要です。
退職勧奨・退職勧告をする際の3つの注意点
雇用主が退職勧告をする場合、下記3つの方法を選択するのは絶対にNGとなります。
・「退職届を出さなければ解雇する」という脅し発言
・退職を目的にした仕事のとりあげ、配置転換
・多数回、長時間に渡る退職勧告
ここからは、上記の手段がNGとされる理由について皆さんと一緒に詳しくチェックしてきます。
「退職届を出さなければ解雇する」という要注意発言
不当解雇とも言える状況であるのに、会社側で「退職届を早く出さないと、あなたを解雇します」といった勧告をした場合、その話を鵜呑みにした従業員が会社を辞めた後、退職の合意が無効になる可能性がでてきます。
《解雇を恐れる従業員》
労働基準法を知らない普通の従業員にとって、会社側から雇用契約を切られるようなイメージの強い解雇は、なるべく避けたいと考える存在です。
一般的に解雇は、就業規則の中に書かれている事由に該当しなければ、事業主の勝手な事情や気分で通告することのできない存在です。
こうした実態を知らない一般従業員の場合、「解雇という事由により雇用保険の受給に支障が出るのではないか?」といったネガティブなイメージにより、自ら会社を辞めてしまった方が良いのではないかと考える人も少なくない実態があります。
しかし実際には、解雇や倒産により離職を余儀なくされた場合、自己都合で退職した一般離職者と比べて失業保険の給付日数が優遇される実態があるのです。
《理由なき解雇は基本的にできない》
解雇をする際には、普通解雇、整理解雇、懲戒解雇のいずれかの原因に該当させる必要性が出てきます。
例えば、会社にとって有用とは言えない複数の従業員を退職勧告する側からすれば、「自分たちが行うのは集団的解雇もしくは整理解雇に該当する!」といった正当化もできるかもしれません。
しかし整理解雇を行う際には、人員整理の必要性や解雇回避努力義務の履行、手続きの妥当性、被雇用者選定の合理性といった4要件に該当させる必要があるため、注意が必要です。
こうした形で労働基準法や過去の判例により雇用主が行うべきことが決まっている解雇という方法は、退職勧告の際に安易に使える存在ではないと捉えた方が良さそうです。
退職を目的とした作業の取り上げや配置転換
従業員を自己都合退職に追い込むために配属させる「追い出し部屋」への配置転換や、今まで行ってきた作業を取り上げることにより仕事がない状態にするのも、嫌がらせかつ違法と判断される方法です。
こうした不当な配置転換により他の従業員と接することのできない状況を作れば、退職勧告よりもパワハラによる訴えを起こされる可能性も出てきます。
また厚生労働省のサイト「あかるい職場応援団」では、作業の取り上げなどについて「過小な要求」に値するパワハラであるとの判断を行っていますので、注意が必要です。
多数回・長時間に渡る退職勧告
従業員の判断能力を歪めるほどの多数回・長時間に及ぶ退職勧告も、明らかにNGと言える存在です。
90万円もの慰謝料の支払いが認められた過去の判例では、たった4ヶ月の間に30回を超える退職勧告の面談が行われたケースも存在します。
またこの事例の中では、8時間にも渡って退職勧奨が行なわれた日もあったようです。
これだけ多くの時間をかけてプレッシャーをかければ、大半の従業員がその勧告に応じる可能性が高まります。
しかし退職勧奨が原因で鬱病などを発症した場合は、パワハラで損害賠償請求が行われるリスクも生じますので、注意をしてください。
退職勧奨・退職勧告における具体的な流れと注意点
当該従業員とのトラブルなく退職勧奨を進めるためには、下記7つの流れで話や手続きを進めていくのが理想だと言われています。
1. 退職勧告の方針や内容を社内で共有する
2. 退職勧告が必要な理由をメモや資料に残しておく
3. 当該社員を個室に呼び出す
4. 「退職して欲しい」という会社側の意向を伝える
5. 退職勧告の期限を伝えた上で、検討をお願いする
6. 退職時期や金銭面の処遇などについて話し合う
7. 退職届を提出してもらう
《退職勧奨・退職勧告の方針を社内で共有する理由とは?》
退職勧奨に関する理由や情報を社内で共有すると、当該従業員に話をする際に、事業主の個人的な意向ではなく、会社の総意であるという説明をしやすくなります。
また部署によってはその従業員がチームにとってなくてはならない存在である可能性も考えられますので、ただ一方的に情報を共有するのではなく、直属の上司や他の取締役などに意見を聴く姿勢も忘れないようにしてください。
《理由を記したメモや資料が必要な理由とは?》
ここまで何度も紹介したとおり、理由なき退職勧奨は不当解雇という印象を従業員に与えてしまいます。
また「会社を辞めてもらえないですか?」といった話をする側にも普通の面談とは全く異なるプレッシャーがかかる形となりますので、こうした状況下で冷静に話をするためにも、退職勧告が必要な理由はきちんと資料に整理しておくのが理想と言えそうです。
《会社の意向を伝える際の言い方》
退職勧告をする際の切り出し方としては、当該従業員への批判的な話をするのではなく、本人と会社にとって仕事の内容が全く合っていないといったミスマッチの視点で会話を進めていくのが理想となります。
しかし退職勧奨の場合、あくまでも従業員が自分の意思で納得する必要がありますので、必ず相手からの質問や反論にはきちんと応じるようにしてください。
また従業員が会社側の主張を受け入れた場合は、「従業員が自ら退職勧告に応じて、自身が会社をやめることを承諾したこと」を記載した退職届を提出してもらうようにしてください。
その際には、解雇ではないことを本人に確認する心掛けも必要です。
退職勧奨・退職勧告によって労使間トラブルが生じた時には?
ここまで紹介したとおり、どちらかと言えば会社側の都合とも捉えられがちな退職勧告や退職勧奨には、さまざまなリスクが伴います。
また会社側からのプレッシャーがあまりにも強い場合は、退職予定の従業員との間にさまざまなトラブルが生じやすくなりますので注意をしてください。
こうした事業主にとって難しい実態のある退職勧奨について疑問や不安要素がある場合は、社内だけで無理に解決しようとせずに、労働問題に詳しい弁護士に相談をしてみてください。